2016-05-18
5階建ての5階。
古本の出張買取でこれほど恐ろしい言葉はないかもしれません。
法令上、一定の高さの建物にはエレベーターの設置義務があります。建築基準法では高さ31メートル以上と定められており、その他地方自治体の条例でも階数などの条件で定められている場合があるようです。
経験上、5階建ての建物にはエレベーターがないことが多くおそらくこのあたりが法令上の制限のボーダーラインなのでしょう。
今回のご依頼はその「5階建ての5階」にある事務所の蔵書整理。
駅から徒歩1分もかからない場所にあるテナントビルです。
もちろんエレベーターはありません。
近々リフォームを控えており、書棚にある本を処分する必要があるので見に来てほしいとお願いされ、先週末に一度下見に伺っていました。
あらためて書棚を拝見すると中国語で書かれた本が目立ちます。近代に入ってからのものがほとんどで需要という意味ではそれほどでもないのですが、一部唐本(漢籍)なども混ざっています。唐本に関しては高評価。揃っていればなかなかのお品です。
比較的にニーズのある中国・アジア関連の和書も多少含まれており、内容的には十分です。
面白いところでは古いドラマの台本が4箱ほど出てきました。ひょっとしたら化けるものが含まれているかもしれません。
朝イチ作業開始で、ほかのテナントさんがお仕事を始める前に出来るかぎり終わらせて欲しいということでしたので駆け足での搬出となります。
書棚の本をコンテナに詰めたものが14箱、床に置かれている小さめのダンボール箱が14箱でダンボール箱の方は1度に2箱ずつ降ろしたとしても21往復する必要があります。
これはかなり厳しい案件です。あまりにハードなので下見の際にお断りさせていただこうかと考えたのですが、面白そうなものが多く、結局は無料で整理・片づけ、という形でお受けすることになりました。
最初の5往復ぐらいまでは余裕がありました。
7往復目を過ぎる頃には引き受けたことを後悔し始めました。心拍が上昇し呼吸も荒くなります。ハートレートモニターをつけていたなら警告音は鳴りっぱなしのはずです。
10往復目には「なんで自分は古本屋なんてやっているのだろう。前世でよほど悪いことをした因果だろうか」などと普段は考えもしない輪廻転生について考え始めました。
考えてみれば5階建てということは1回で4階分階段を昇る必要があり、それを21往復ということは掛け算すると84階のビルを昇る計算になります。
15往復目を超えた辺りでは「六本木ヒルズを昇りきった感じかな?」とか「横浜ランドマークタワーや大阪のあべのハルカスは何階建てだっけ?」などととりとめもないことを考えています。
最後の3往復は脚も上がりませんが気力だけで乗り切りました。
ここまで約90分。なんとか軽バンいっぱいに載せきることが出来ました。
搬出完了後、目の前にあった自販機でスポーツドリンクを購入。一気に飲み干した頃には先程まで感じていた「やらなきゃ良かった」というネガティブな感情も半分くらいは消え、やりきった清々しさを感じています。
部屋の戸締まりを終えたご依頼人が降りてきてねぎらいの言葉をかけて頂いたころには、
「まあ、いいか。喜んでもらえたし、こちらも面白い本が手に入ったし。」と思えるようになりました。